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神戸地方裁判所 昭和29年(ワ)595号 判決

主文

一、被告等は、原告に対し、別紙目録記載の家屋を明渡せ。

二、被告豊津タマは、原告に対し、金一万八、八七〇円及び内金一万五、〇〇〇円に対する昭和二八年七月一日以降その完済まで、内金三、八七〇円に対する同年八月一日以降その完済まで、それぞれ金一〇〇円につき一日金四銭の割合による金員、並びに昭和二八年七月九日以降右家屋明渡済に至るまで一カ月金一万五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

三、被告豊津保子、同豊津縫子、同豊津貞蔵は、各自、原告に対し、金一万二、五八〇円及び内金一万円に対する昭和二八年七月一日以降その完済まで、内金二、五八〇円に対する同年八月一日以降その完済まで、それぞれ金一〇〇円につき一日金四銭の割合による金員、並びに昭和二八年七月九日以降右家屋明渡済に至るまで一カ月金一万円の割合による金員を支払え。

四、原告のその余の請求は、これを棄却する。

五、訴訟費用は被告等の負担とする。

六、この判決は、金員支払の部分に限り、原告において、被告豊津タマに対し金三〇万円、その他の被告等に対し各金二〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、第五項と同旨及び被告等は原告に対し昭和二八年六月一日以降主文第一項の家屋明渡済に至るまで一カ月金五万円及び右各月毎金五万円に対する各該当月の翌月一日以降支払済に至るまで一日金一〇〇円につき金四銭の割合による金員を支払えとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和二六年一二月一〇日被告等の被相続人豊津原三に対し、原告所有の神戸市生田区元町通二丁目六三番の一(現在三三番地)上木造亜鉛葺平家建店舗一棟建坪一七坪、付属木造瓦葺二階建居宅一棟建坪六坪、外二階坪六坪を次の約定で賃貸した。即ち、賃貸期間は昭和二六年一二月一五日より期限を定めず、賃料は一カ月金五万円、毎月二八日翌月分持参前払、保存費は借主負担、賃貸物件に変更を加えるときは貸主の承諾を要する。借主が賃料支払を一度でも怠つたとき又は本契約違反のとき、その他不信行為のあつたときは当然契約期間の満了とみなされ即時右建物を貸主に明渡すこと、借主が賃料支払を怠つたときは延滞賃料に対し支払ずみに至るまでは一日一〇〇円につき金四銭の割合の損害金を支払うこと、借主が貸主の承諾のもとに加工施設をなしたときも明渡返還の時は自費を以て原状に回復すること、家屋の明渡に際し貸主において現状を希望するときは、借主は有姿のまゝ無償提供すること等。

二、しかるに豊津原三は原告が拒否するのにかかわらず、右賃貸家屋の一部平家建の個所を二階建に改造して客室三個を作り、且昭和二八年六月分以降の賃料を支払わないので、原告は昭和二八年七月七日付書面で豊津原三に対し、本件賃貸借解除の意思表示をなし右書面は翌八日同人に到達したから本件賃貸借は同日終了した、そして右賃貸建物の現状は別紙目録記載のとおりであるから豊津原三は原告に対し別紙目録記載の建物を明渡し且昭和二八年六月一日以降右賃貸借終了日までの延滞賃料及び右賃貸借終了後右家屋明渡済に至るまでの賃料相当の損害金として、一ケ月金五万円及びこれに対する各該当月の翌月一日以降完済まで一日金一〇〇円につき金四銭の割合による約定損害金の支払義務があるところ、豊津原三は昭和三一年一二月一四日死亡し、被告タマは同人の配偶者として、その他の被告等は同人の直系卑属として同人の右義務を相続承継したので、被告等に対し別紙目録記載の家屋の明渡及び右延滞賃料及び損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ、

と述べ、被告等の答弁に対し、別紙目録記載の建物と本件賃貸建物とは同一性を失わない、被告主張の有益費、造作費は争うと述べた。

立証(省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張の事実中、豊津原三が原告主張の日に死亡し被告等が原告主張のとおりその相続人であることは認めるが、原告主張の神戸市生田区元町通二丁目六三番の一(現在三三番地)上木造亜鉛葺平家建店舗一棟建坪一七坪、付属木造瓦葺二階建居宅一棟建坪六坪外二階坪六坪は、豊津原三が賃借したものでなく、同人において昭和二六年一二月一五日原告から原告所有の右家屋をその敷地(四五坪)と共に買受け所有権を取得し、これを占有しているのである、そして右家屋の敷地は登記簿上訴外西山某の所有となつていたので、原告において近くその所有権移転登記を受けた上、豊津原三名義に所有権移転登記をなし、同時にその時の価格で売買代金額を決定する約であつた、そこで同日原三は原告に対し取敢えず内金として一五〇万円を支払つたが、その際原告の要請により税金の関係から公正証書により賃貸借の形式をとり、且原三において右売買代金を金三〇〇万円と見積り、その内金として、その後原告に対し賃料名義で月五万円宛支払つたのである。しかるに原告は前記約定に反して豊津原三に本件敷地の所有権移転登記をしないので右家屋及び敷地の売買代金を決定することができずそのため代金の決済が遅れているにすぎないのである。

二、かりに右売買契約が成立しなかつたとしても、原告と豊津原三との間に右家屋及び敷地につき、右敷地の所有権移転登記をなし得る時期に売買を完結する旨の売買の予約が締結されたのであつて、ただ原告が未だ右敷地について移転登記をしない状況にあるから、被告の被承継人豊津原三は本訴において昭和二九年九月一七日付準備書面の陳述により原告に対し本件家屋のみについて右売買予約の完結の意思表示をなし右家屋の所有権を取得した。

三、かりに右理由なく、豊津原三において原告から右建物を賃借したとするも、右建物は元来菓子舗に適する構造であつたので、同人において同建物で鮨屋営業をするため、原告の承諾を得た上右家屋の北側に一五坪増築し、更にその増築部分及び旧建物の上に約二三坪の二階を増築し、その際旧二階の部分を取こわし、二階と階下とを通し柱にし、その他大部分を建て直し、昭和二八年一〇月一八日竣成した、これにより現在の建物と旧建物とは同一性を失い、原告所有建物はもはや存在しない。

四、かりに右家屋が原告の所有にして被告等に明渡義務があるとしても、豊津原三は原告承諾のもとに昭和二六年一二月以降右家屋に左記のとおり増築、修理、造作を加えたので、造作についてはその時価で買取請求をなし、その代金の支払を受けるまで、又有益費についてはその費用の償還あるまで留置権を行使して本件家屋の明渡を拒否する。

しかして被告が右家屋に増築、修理造作を加えた部分及びその費用及び価格は左のとおりである。

(1)  別紙図面階下A、B、C、D共通部分(自昭和二六年一二月頃 至同二八年二月頃)旧基礎は小砂利等を用いた不備のものであつた為補修し(延九坪余)、又建物倒壊の虞あつた為保存上新に基礎工事(延九間巾二尺四寸厚さ六寸)を施し、又一部あつたコンクリートも破損していたため、これを取除き、コンクリートなき分とともにA、B、C、Dの土間の内約三〇坪を厚さ三寸のコンクリート打を施した。右の内上塗り、モルタル塗研出し、(仕上面約九坪)をなし、屋内の排水工事を施し、従つて外部の溝の流水不能を修理し、通水工事を施工した。

以上の工事費に計金四五万三、五〇〇円を要した。

(2)  別紙図面階下Aの部分(自昭和二六年一二月頃 至同二八年二月頃)

鮓場及び麺類場の設備、付戸棚、表の両方の袖張出、防火のための壁体工事施行(前にはなかつたが、防火上必要)、表下屋瓦葺工事(前になかつた)、麺類場の釜造り工事(前になかつた)、塗装工事施行(階段及び木部の塗装)、建具及びその硝子階段の破損箇所修理改造等の造作をなし、これ等費用金三七万三、九〇〇円を要した。

(3)  右(1)(2)の改造工事に金物代、大工左官手伝人夫各手間賃計六三万五、八〇〇円を要した。

(4)  別紙図面表の陳列棚売場は以前はなかつたもので昭和二九年二月頃迄に現在のとおり改造したものでこれが工事費に約一三万二、八〇〇円を要した。

(5)  別紙図面階下Bの部分(自昭和二六年一二月頃 至昭和二八年二月頃)

窓天井その他飾付、丸太備付、袖作り等大工作四ケ所、棚廻槻板その他、腰廻り固定腰掛その他雑木竹材、建具塗装工事、地袋小襖等の工事を施行しこれに金物釘補強金物塵芥捨出費用、大工左官手伝各手間賃、土間研出費用等計四〇万八、〇〇〇円を投じた。

(6)  別紙図面階下Cの部分(自昭和二六年一二月頃 至同三一年)

元使用に堪えない便所を根本的に改造し、炊事場を作り、昭和三一年に便所を東へ移し、その跡を事務所に改造したもので現存部分を時価に見積ると約一七万円に達している。

(7)  別紙図面Dの部分(自昭和二六年一二月頃 至同二九年二月頃)

一〇万四、五〇〇円を投じて改造した。

(8)  東側外壁(昭和二八年一一月頃)

外壁の塗替工事に五万二、三〇〇円を要した。

(9)  昭和二八年七月頃から別紙図面二階A´の部分の大部分及びB´C´の部分を新築しその工事費二一三万四、五〇〇円を投じている。

(10)  電気配電工事に金四万四、六〇〇円、瓦斯工事に金四万三、一四五円、水道工事に金七万二、二〇八円を投じた。

と述べた。

立証(省略)

理由

原告所有の神戸市生田区元町通二丁目六三番の一(現在三三番地)上木造亜鉛葺平家建店舗一棟建坪一七坪、付属木造瓦葺二階建居宅一棟建坪六坪、外二階坪六坪の建物について、原告は、昭和二六年一二月一〇日原告から被告等の被相続人豊津原三に賃貸したと主張し、被告等は、同年一二月一五日右原三が原告よりこれを買受け所有権を取得したと争うので判断する。成立に争のない甲第一号証、第九号証の一部、乙第一、第三、第四号証、証人桐山宇吉(第二回)、同阿部幸作の各証言により成立を認める甲第五号証、証人宮内廉静(第一、二回)、同桐山宇吉(第一、二回)の各証言、原告本人の供述を綜合すると、原告方は右家屋で「常盤堂」の屋号で菓子の販売及び喫茶店を営んでいたが、営業不振となつたので原告は、訴外桐山宇吉、同宮内廉静、同森脇甚一の仲介により昭和二六年一二月一〇日すし屋営業の豊津原三に右建物を同年同月一五日以降期限の定めなく賃貸し、権利金として一五〇万円、賃料は一ケ月金五万円毎月二八日翌月分持参払、その他原告主張の一のとおりの約定をしたことを認定することができ、右認定に反する証人阿部幸作、被告豊津貞蔵の供述部分は採用し難く、他に右認定を動かし、被告等主張の売買の事実を認める証拠はない、被告等は更に右家屋につき売買の予約が成立した旨主張し、前記採用の証拠によれば、右賃貸借契約の際に、原告において将来右土地建物を売却するような場合には、代金の点で双方納得すれば豊津原三に優先的に売渡すという話合いがあつたことを認めることができるけれども、これだけでは未だ売買の予約が成立したものとは認めることができず、他にこれを認定する証拠がない。

次に原告の本件家屋の賃貸借契約解除の主張について判断する。成立に争のない甲第二号証、前記第九号証の一部、証人滝逞の証言、原告本人の供述によれば、原告は豊津原三の懇請により昭和二八年五月分から右賃料を一ケ月金四万五、〇〇〇円に減額したが、同人が昭和二八年五月二八日に支払うべき同年六月分の賃料、及び同年六月二八日支払うべき同年七月分の賃料を支払わなかつたので原告は同年六月二九日付書面で、同人に対し、同年七月二日までに右延滞賃料を支払うよう催告し、右書面は同年六月三〇日同人に到達したのにかかわらず、同人は右催告期間内に右延滞賃料を支払わなかつたので、原告は同人に対し、同年七月七日付書面で右賃料不払を理由に右賃貸借解除の意思表示をなしたことを認めることができ、右書面が翌八日同人に到達したことは被告等において明らかに争わないから自白したものとみなす、すると右賃貸借は昭和二八年七月八日解除されたものということができるから、同人は原告に右賃借家屋を明渡す義務を負担したことになる。

被告等は、右賃借家屋の北側に一五坪増築し更にその増築部分及び旧建物の上に二階を増築し、その際旧二階を取毀し柱を一、二階通し柱にし大部分を建直したので、現在の建物は右賃借建物とは同一性がないから原告の所有ではないと主張するから判断する。証人〓良男、野崎好夫、石田利三郎(第一、二回)の各証言の各一部、原告本人の供述並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告が豊津原三に賃貸した当時の右建物は表側(南部)には階下一一坪余の売店と二階同坪の事務室があり、裏側(北部)には階上階下共六坪の二階建建物があり、その間に約一〇坪の喫茶室と五坪余の調理室及び便所の平家建建物があつたが、豊津原三は賃借後すし屋営業に適するように右賃借建物の内部の模様替をしたのみならず、右喫茶室、調理室、便所の建物に二階を増築して客室を設け、その他の部分にも従前の建物に相当の改造を加え装飾を施したことが認められるけれども、右事実だけでは建物の同一性を失つたものということができず、右増築した二階部分も改造部分も従前の建物に付合して原告の所有に属するものということができる、そして右建物の現在の状況が別紙目録記載のとおりであることは被告等において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

すると右豊津原三の相続人であること当事者間に争のない被告等は、原告に対し別紙目録記載の建物を明渡し且その相続分に応じて昭和二八年六月一日から契約解除の日である同年七月八日までの一カ月金四万五、〇〇〇円の割合による延滞賃料及び同年六月分四万五千円に対する同年七月一日から完済まで、同年七月分金一万一、六一二円に対する同年八月一日から完済まで、それぞれ金一〇〇円につき一日金四銭の割合による約定の損害金並びに右契約解除後である昭和二八年七月九日以降右家屋明渡済に至るまで一カ月金四万五、〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金を支払う義務がある、(原告は契約解除後も賃料相当の損害金の外に右約定の損害金の支払義務がある旨主張するけれども、右約定損害金は延滞賃料に対するもので賃貸借解除後の損害金に関するものではないと認めるので、右主張は排斥する)。

次に被告等主張の四(1)ないし(10)の留置権の主張について判断する。

借家法第五条の造作買取請求権は本件賃貸借のように賃借人の債務不履行により解除された場合には発生しないのみならず、造作買取請求権を行使できる場合でもその代金の支払があるまで留置できるものはその造作であつて、建物そのものではないと解するから、右主張のうち造作買取請求権による留置権の主張は採用し難い。次に有益費については民法第六〇八条第二項第一九六条第二項により償環請求をすることができるから、その支払があるまで被告等は本件建物を留置できるものと解するが、不法行為によつて始まつた占有については民法第二九五条第二項により留置権が認められないから、被告等の主張のうち本件賃貸借契約の解除された昭和二八年七月八日以後本件家屋について生じた有益費の償還請求については留置権は認められない。従つて被告等主張の留置権は昭和二八年七月七日以前に本件家屋について生じた有益費に関してのみ認められることとなる。

そこで被告等主張の右各事実について検討する。

(1)について、証人青笹浅一郎証言によると同人に被告等主張の期間本件建物の改造工事をしたことはあるが、当時豊津原三に頼まれて神戸市三宮所在の建物の改造工事をもしたことが認められるので、本件建物についての右工事の費用に関する右証人の証言及び乙第一三号証の記載は信用できず、又乙第二四号証の一ないし一二の記載だけでは右金額を認めることができず、他に右金額を認定する証拠がない。

(2)(3)(5)について、造作費と有益費を併せて主張していて、そのうちの有益費の額を特定して認定できない。

(4)(6)(7)(8)(9)について、(4)は造作費であり且(4)及び(8)は本件賃貸借解除後に生じたものであり、(6)(7)(9)は本件賃貸借解除の前後に亘り支出した有益費を併せて主張していて右解除前の支出した有益費を特定して認定することができない。

(10)について、すべて造作費と認める。

すると被告等の留置権の主張はすべて排斥せざるを得ない。

そして被告豊津タマは豊津原三の配偶者、その他の被告等三名は、同人の直系卑属であること当事者間に争がないから、被告豊津タマの相続分は三分の一、その他の被告等は各九分の二となる。

そうすると、被告等は原告に対し別紙目録記載の家屋を明渡す義務があり且被告豊津タマは原告に対し昭和二八年六月分の延滞賃料のうち金一万五、〇〇〇円及びこれに対する同年七月一日以降完済まで金一〇〇円につき一日金四銭の割合による約定損害金及び同年七月分の延滞賃料のうち金三、八七〇円及びこれに対する同年八月一日以降完済まで右同割合による約定損害金並びに同年七月九日以降右家屋明渡済に至るまで一カ月金一万五、〇〇〇円の割合による損害金を支払う義務があり、その他の被告等三名は各自、原告に対し、昭和二八年六月分の延滞賃料のうち金一万円及びこれに対する同年七月一日以降完済まで金一〇〇円につき一日金四銭の割合による約定損害金、及び同年七月分の延滞賃料のうち金二、五八〇円及びこれに対する同年八月一日以降完済まで右同割合による約定損害金並びに同年七月九日以降右家屋明渡済に至るまで一ケ月金一万円の割合による損害金を支払う義務がある。

よつて原告の本訴請求は右認容の範囲で正当であるが、その他は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条但し書第九三条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用し、なお家屋明渡の部分については仮執行宣言を付さないのを相当と認め主文のとおり判決する。

別紙一

目録

神戸市生田区元町二丁目三三番地上

木造瓦葺二階建店舗  一棟

建坪   三七坪四合八勺

二階坪  三二坪二合一勺

別紙二

〈省略〉

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